序論:懐疑論から国家戦略へのパラダイムシフト
ドナルド・トランプ氏の暗号資産(仮想通貨)に対する姿勢の変遷は、単なる一政治家の意見の変化に留まらず、米国の金融覇権と規制環境における歴史的な転換点を象徴している。2019年当時、トランプ氏は暗号資産の本質的な価値を否定し、米ドルの優位性を脅かす存在として敵視していたが、2024年の大統領選挙を経て、米国を「世界のクリプトの首都」にするという野心的な公約を掲げるに至った 。この転換の背景には、技術への理解の深化よりも、政治的な支持基盤の拡大、シリコンバレーの有力なベンチャーキャピタリストからの巨額の献金、そして自らのブランドをデジタル化するという商業的なインセンティブが複雑に絡み合っている 。
2025年に発足した第2次トランプ政権は、前政権の「執行による規制」というアプローチを根底から覆し、暗号資産を国家の戦略的資産として組み込む政策を次々と実行に移した 。2026年以降、米国の暗号資産市場は、法的枠組みの整備(GENIUS法やCLARITY法)と機関投資家の本格的な参入、さらには「リアルワールド・アセット(RWA)」のトークン化といった技術的進展により、未曾有の成熟期を迎えることが予測される 。本記事では、2019年から現在に至るトランプ氏と暗号資産の関わりの全履歴を詳述し、2026年以降の行動予測と、それが市場及び規制に与える影響について多角的に分析する。
第1章:拒絶と懐疑の時代(2019年-2021年)
1.1 米ドル至上主義と「空気に基づく価値」への批判
トランプ氏の暗号資産に関する最初の公的な記録は、極めて否定的なものであった。2019年7月、当時のトランプ大統領は、ビットコインをはじめとする暗号資産を「貨幣ではなく、価値が極めて不安定で、根拠がない(based on thin air)」と断じた 。この批判の背景には、Facebook(現Meta)が提唱したデジタル通貨「Libra(リブラ)」に対する強い警戒感があった 。トランプ氏は、Libraが銀行業務を行おうとするのであれば、伝統的な銀行と同様の規制と免許を必要とすべきだと主張し、米ドルが世界で最も支配的な通貨であり続けるべきだという立場を強調した 。
この時期のトランプ氏にとって、暗号資産は薬物取引やその他の不法行為を助長するツールであり、国家の管理が及ばないリスクの高い存在であった 。2021年、大統領職を離れた後も、Fox Businessのインタビューにおいて、ビットコインを「詐欺(scam)」と呼び、それが米ドルという「世界通貨」に対する競合相手であることを明確に認識していた 。
1.2 初期段階における規制当局の動き
当時の規制環境は、トランプ氏の個人的な見解を反映し、慎重かつ抑制的なものであった。トランプ政権下の財務省や連邦準備制度理事会(FRB)は、ステーブルコインや分散型金融(DeFi)の台頭を注視しつつも、それらを主流の金融システムに統合することには消極的であった 。ジェローム・パウエルFRB議長は、プライバシーやマネーロンダリング、金融安定性の懸念が解消されない限り、Libraのようなプロジェクトは前進できないとの見解を示しており、トランプ氏のツイートもこうした政府内の一致した懸念を補強するものであった 。
第2章:商業的試行とブランドのトークン化(2022年-2023年)
2.1 NFTによる「トランプ・ブランド」のデジタル展開
トランプ氏が暗号資産技術の有用性を実利的な側面から再評価し始めたのは、2020年の敗北後、資金調達の必要性に直面した時期と重なる。2022年12月、トランプ氏は自身をスーパーヒーローや宇宙飛行士、カウボーイなどの多様な姿で描いた「トランプ・デジタル・トレーディングカード(NFT)」コレクションを発売した。この試みは、発売から数時間で完売し、トランプ氏に多額のライセンス料をもたらしただけでなく、自身の支持層が暗号資産という形態での「商品」を受け入れる準備ができていることを証明した。
2.2 NFT収益とメラニア夫人の参入
2023年にかけて、トランプ氏は第2弾、第3弾のNFTコレクションを相次いでリリースした。財務開示資料によれば、これらのNFT事業からトランプ氏は約730万ドルから820万ドルのライセンス料収入を得ている。また、メラニア・トランプ夫人も自身のNFTコレクションを立ち上げ、100万ドルから500万ドルの収入を報告している。これらの活動を通じて、トランプ一族は暗号資産を「伝統的な金融機関を介さずに、自身のファンベースから直接収益を上げるための洗練されたツール」として認識するようになった。
| プロジェクト名 | ローンチ時期 | 主な内容 | 推計収益/評価額 |
| 第1弾 NFTコレクション | 2022年12月 | スーパーヒーロー等のデジタルカード | ライセンス料数百万ドル |
| 第2弾 NFTコレクション | 2023年4月 | 新デザインのトレーディングカード | 前作同様の完売 |
| Mugshot Edition NFT | 2023年12月 | 起訴時のマグショットを利用 | ブランドの政治的強化 |
| メラニア・トランプNFT | 2021-2023年 | 「Melania’s Vision」等のコレクション | 100万ドル〜500万ドル |
第3章:政治的再編と「クリプト大統領」への変貌(2024年)
3.1 シリコンバレーとの戦略的同盟
2024年大統領選挙に向けて、トランプ陣営は暗号資産を主要な争点として戦略的に位置づけた。これは、バイデン政権下の証券取引委員会(SEC)が「執行による規制」を強化したことに対し、業界内に蓄積された強い不満を吸収するためのものであった 。マーク・アンドリーセン氏やベン・ホロウィッツ氏(a16z)、ウィンクルボス兄弟(Gemini)といった暗号資産業界の巨頭たちは、トランプ氏の掲げる「規制緩和」と「イノベーション促進」の公約を支持し、巨額の政治献金を行った 。
3.2 Bitcoin 2024 カンファレンスでの歴史的演説
2024年7月、テネシー州ナッシュビルで開催された「Bitcoin 2024」カンファレンスに登壇したトランプ氏は、かつての「詐欺」という評価を完全に撤回し、米国を「世界のビットコイン大国」にすると宣言した 。ここで行われた「国家戦略ビットコイン備蓄(Strategic Bitcoin Reserve)」の提案は、政府が押収したビットコインを売却せずに保有し続けるというものであり、暗号資産を米ドルの裏付け資産として公的に認めるという革命的な構想であった 。
3.3 献金構造と政治的影響
トランプ氏のキャンペーンには、暗号資産業界から総額で1億ドルを超える資金が流入した。特にイーロン・マスク氏による約2億4300万ドルの支援は、トランプ政権の暗号資産・AI政策におけるマスク氏の影響力を決定づけた。暗号資産ロビー団体「Fairshake」などのスーパーPACも、親暗号資産派の候補者を支援するために巨額を投じ、ワシントンにおける政治的パワーバランスを劇的に変化させた。
| 寄付者・組織 | 寄付額(推計) | 形態・目的 |
| イーロン・マスク | 2億4,260万ドル | America PACを通じたトランプ支援 |
| マーク・アンドリーセン | 550万ドル | 個人的寄付およびPAC支援 |
| ウィンクルボス兄弟 | 250万ドル | ビットコインによる直接寄付等 |
| ハワード・ラトニック | 600万ドル以上 | 移行チーム共同議長としての支援 |
| ベン・ホロウィッツ | 250万ドル | 当初トランプ、後にハリス支持へ変動 |
第4章:第2次政権発足と政策の急進的実行(2025年)
4.1 大統領令「デジタル金融技術における米国のリーダーシップ強化」
2025年1月23日、就任直後のトランプ大統領は「デジタル金融技術における米国のリーダーシップ強化」と題された大統領令に署名した 。このEOは、バイデン政権時代の暗号資産関連の大統領令(EO 14067)を即座に無効化し、米国の規制環境を「締め付け」から「エンパワーメント」へと転換させることを命じた 。
大統領令には、30日以内にすべての既存規制を特定し、60日以内に廃止または修正の勧告を行うという極めてタイトなスケジュールが設定された 。また、国家経済会議(NEC)内に「AIおよび暗号資産特別アドバイザー(クリプト・ツァー)」を設置し、ベンチャーキャピタリストのデビッド・サックス氏がその任に就いた 。
4.2 規制当局の人事刷新と「Project Crypto」
トランプ政権は、SEC委員長に暗号資産に対して融和的なポール・アトキンス氏を起用し、商品先物取引委員会(CFTC)にもマイク・セリグ氏などの親業界派を配した 。アトキンス新委員長は「Project Crypto」という包括的な規制改革案を掲げ、暗号資産をその経済的実態に応じて「デジタル・コモディティ」「デジタル・コレクティブル」「デジタル・ツール」「トークン化証券」の4つのタクソノミー(分類)に整理する方針を示した 。
この方針の下、SECは従来の「執行による規制」を停止し、コインベース(Coinbase)やバイナンス(Binance)、リップル(Ripple)といった主要企業に対する訴訟を取り下げるか、あるいは和解に向けた再評価を開始した 。
4.3 GENIUS法の成立とステーブルコインの制度化
2025年7月18日、トランプ大統領は「GENIUS法(GENIUS Act)」に署名し、米連邦レベルで初めてステーブルコインの法的枠組みを確立した 。この法律は、米ドルに連動するステーブルコイン発行者に対し、100%の現金または短期国債による準備資産の保持を義務付ける一方、銀行および非銀行業者の双方が適切なライセンスの下で発行に従事することを認めた 。
GENIUS法の成立は、米ドルをベースとしたデジタル経済圏をグローバルに拡大させ、中国のデジタル人民元などに対抗するための戦略的布石であった 。これにより、米国内の金融機関は安心してステーブルコイン決済や保管業務に参入できるようになった 。
第5章:トランプ・ファミリーの暗号資産帝国と利益相反
5.1 World Liberty Financial (WLF) の構造
公務としての政策実行と並行して、トランプ氏は自身の家族と共に分散型金融(DeFi)プロジェクト「World Liberty Financial (WLF)」を積極的に推進した。WLFは、ガバナンストークンである「WLFI」と、米ドルペッグのステーブルコイン「USD1」を軸としたエコシステムである。
このプロジェクトの特異な点は、トランプ氏が「チーフ・クリプト・アドボケート」という役職を務め、エリック、ドナルド・ジュニア、バロンといった息子たちが共同創設者として名を連ねている点である。さらに、トランプ氏関連企業である「DT Marks Defi LLC」がWLFの収益の75%を受け取る権利を持っており、政策の決定が大統領個人の経済的利益に直結するという重大な懸念を招いた。
5.2 メムコイン $Trump とメラニア・トークン
大統領就任前の2025年1月17日、トランプ氏の「公式メムコイン」として「$Trump」がSolanaブロックチェーン上でローンチされた。このトークンは発売直後に価格が300%以上高騰し、一時的な時価総額は270億ドルに達した。トランプ氏は自身のSNSでこのコインを宣伝し、保有者に対して「ホワイトハウスでのディナー」や「特別ツアー」を提示した 。
メラニア夫人も同様に「$Melania」メムコインを立ち上げたが、こちらはトークン供給の90%が単一のウォレットに保持されていることが判明するなど、透明性の欠如が指摘された。
5.3 議会による調査:「新時代の腐敗」
2025年11月、下院司法委員会のジェイミー・ラスキン議員(民主党)らは「トランプ、クリプト、そして新時代の腐敗(Trump, Crypto and a New Age of Corruption)」と題された報告書を公開した。報告書では、トランプ氏が職権を利用して自身のトークンの価値を釣り上げ、外国政府やロビイストがこれらのトークンを購入することで事実上の贈収賄が行われている可能性が指摘された。特に、トランプ氏の暗号資産保有額が一時的に116億ドルに達したとの推計もあり、これは米国の歴代大統領の中でも類を見ない規模の個人的利益追求であるとされている。
| 資産種別 | 2025年半ばの推計価値 | 主な関与形態 |
| $Trump メムコイン | 数億ドル〜数十億ドル | 直接宣伝、80%を関連企業が保有 |
| WLFI トークン | 約3億3,800万ドル | 家族経営のDeFiプロジェクト |
| USD1 ステーブルコイン | 約2億3,500万ドル | WLFによる発行、バイナンスと提携 |
| 総暗号資産保有額 | 10億ドル〜116億ドル | 資産価値の激しい変動を含む |
第6章:2026年以降の予測と市場の制度化
6.1 CLARITY法の可決と市場構造の確立
2026年、米国の暗号資産政策の焦点は、包括的な市場構造法案である「CLARITY法(CLARITY Act)」の成立に移る。この法案は、暗号資産の法的定義を明確にし、SECとCFTCの管轄境界を確定させるものである。2025年下院を通過した本法案は、2026年前半に上院での修正と最終採決が予測されており、共和党が両院を維持している場合、成立の可能性は極めて高い。
CLARITY法の成立により、以下のような市場の変化が期待される:
- 機関投資家の本格参入: 法的確実性が得られることで、年金基金や保険会社といった大規模な機関投資家がポートフォリオに暗号資産を組み込む「制度化」が加速する。
- 「イノベーション免除」の実施: SECのアトキンス委員長が提唱する、新興プロジェクトに対する3年間の規制猶予期間が正式に制度化され、米国内でのトークン発行が容易になる。
6.2 リアルワールド・アセット (RWA) と WLF の展開
2026年1月、World Liberty Financial は「リアルワールド・アセット(RWA)」のトークン化プラットフォームを本格始動させる予定である。これには、石油、ガス、木材といった実物資源をブロックチェーン上でトークン化し、USD1を決済手段として取引する仕組みが含まれる。
また、WLFは2026年第1四半期に「デビットカード・パイロット・プログラム」を開始し、USD1をApple Payなどの既存決済インフラと統合することで、暗号資産の日常利用を促進する。さらに、MMA.INCとの提携により、格闘技エコシステム内でのファン投票や報酬支払いに暗号資産を導入する計画も進んでいる。
6.3 2026年中間選挙と政策の持続性
2026年11月の中間選挙の結果は、トランプ政権の暗号資産政策の持続性を大きく左右する。共和党が議会の支配権を失った場合、ステーブルコインや市場構造に関する法案の実装が遅延し、より厳格な消費者保護規制を求める民主党との妥協が必要となる可能性がある。しかし、暗号資産業界がすでに強固な政治献金マシーンを構築しているため、どの党が勝利しても「暗号資産の合法化」という大局的な流れが逆転することはないとの見方が強い。
6.4 予測:ビットコイン価格と市場動向
2026年の暗号資産市場は、伝統的な「4年周期」の理論が崩れ、より長期的かつ持続的な上昇トレンドに入る可能性がある。これは、国家によるビットコイン備蓄(Strategic Reserve)の具体化と、機関投資家による「デジタル・ゴールド」としての資産配分が、供給量を上回る需要を創出するためである。一部のアナリストは、2026年前半にビットコインが過去最高値を更新し、金融システムにおける主要な代替資産としての地位を確立すると予測している。
| 予測イベント | 予定時期 | 市場への期待インパクト |
| CLARITY法 上院 markup | 2026年1月〜2月 | 規制の透明化による機関投資家資金の流入 |
| WLF RWAプロダクトローンチ | 2026年1月 | コモディティ取引のオンチェーン化 |
| WLF デビットカード一般公開 | 2026年Q1 | リテール決済における暗号資産の普及 |
| 中間選挙 | 2026年11月 | 政治的安定性と規制の方向性の再確認 |
| 国家ビットコイン備蓄の運用 | 2026年中 | 供給ショックによるビットコイン価格の押し上げ |
結論:米国の「クリプト首都化」の代償と展望
ドナルド・トランプ氏の暗号資産に対する変遷は、実利的な現実主義に基づいた徹底的な統合プロセスであると言える。かつての懐疑的な姿勢から一転し、2025年以降、同氏は米国の法的・経済的基盤を暗号資産に最適化させるための「破壊的創造」を実行した。2026年以降、米国は世界で最も明確かつ親和的な暗号資産規制を持つ国家として、グローバルな資本と技術を惹きつけ続けることが予想される。
しかし、その成功の裏側には、大統領職と個人的ビジネスの境界線が消失したことによる「倫理の空白」が存在する。World Liberty Financial やメムコインを通じたトランプ一族の直接的な収益化は、米国の民主主義的な統治構造に新たな課題を突きつけている。また、規制緩和が進む一方で、2025年末に発生したWLFのセキュリティ侵害のようなリスクは、投資家保護の必要性を依然として強調している 。
長期的には、トランプ政権の政策はビットコインを「デジタル・ゴールド」として、ステーブルコインを「米ドルのデジタル拡張版」として制度化することに成功するだろう。2026年以降、暗号資産はもはや周縁的なテクノロジーではなく、米国の国家戦略と不可分な金融の核となる。この実験が成功するかどうかは、制度化された市場が個人の政治的利益を超えて、広範な経済的価値と安定性を提供できるかにかかっている。
追補:2026年以降の規制タクソノミーと実施フェーズ
トランプ政権が「Project Crypto」を通じて目指すのは、2027年までに米国の金融システムをオンチェーン(ブロックチェーン上)に移行させることである 。アトキンス委員長の下で策定される「トークン・タクソノミー」の実施ロードマップは、以下の4つの段階を経て進行することが予測される。
- 段階1:定義と除外(2025年Q4-2026年Q1): 暗号資産を証券法から切り離すための「イノベーション免除」ルールの策定と、NFT等の非証券資産の明確な指定 。
- 段階2:市場構造の再編(2026年Q2-Q4): CLARITY法に基づいた、デジタル・コモディティ交換業者(DCE)のCFTCへの登録開始。SECとCFTCによる共同監督体制の構築 。
- 段階3:資産のトークン化(2026年後半-2027年): 既存の株式やETFのインカインド償還の許可、および国債やコモディティのトークン化の標準化 。
- 段階4:システム統合(2027年以降): 銀行システムとパブリック・ブロックチェーンの完全な相互運用性の確保と、デジタル・ドル(非CBDC)によるグローバル決済ネットワークの完成 。
トランプ氏の関わりは、個人的な資産形成という動機から始まり、最終的には米国の国家金融戦略そのものをデジタル化するという巨大な変革へと行き着いたのである。

